- 2020.08.07
- 2018.05.17
祈りの空間をデザインする 「光と出遇う寺」に光を添える箔シート
本堂一体型の納骨堂「蔵前陵苑」
開基以来550年の歴史がある満照山 眞敬寺は、元は瓦屋根の本堂でしたが、7年前の東日本大震災による揺れで傾き、建て替えが必要になりました。宗派自由の搬送式室内陵墓を併設し、昨年10月にオープンしたのが「蔵前陵苑」です。
▲ 満照山 眞敬寺「蔵前陵苑」西側 夜間外観 ©ASANOTakeshi
満照山 眞敬寺「蔵前陵苑」
住所:東京都台東区寿1-11-7
竣工:2017年10月
規模: 鉄筋コンクリート造、地下1階+地上7階建て
クリエイティブ・ディレクション:小沼訓子(株式会社組む)
建築設計 および 1階・2階・4階・7階内装設計:佐藤正己(株式会社エア・ハイツ建築設計事務所)
地下、3階、5階、6階、トイレ、内装設計およびサイン計画:株式会社組む × 株式会社松本直也デザイン
施工:株式会社佐藤秀
▲ 「蔵前陵苑」エントランス正面 ©ASANOTakeshi
▲ 「満照山 眞敬寺 蔵前陵苑」のサインは、中川ケミカルのデザイナーによるもの ©ASANOTakeshi
コンセプトは「光と出遇う寺」
天井の光に導かれて参道を進むと、扉の向こうに総合受付があらわれます。来館者はここでICカードによる入館手続きを済ませ、墓参室の予約を済ませます。
▲ 「蔵前陵苑」1階 エントランスロビー、右側に墓参受付端末が設置されている ©ASANOTakeshi
エントランスロビーの奥の壁には、アート作品「無量光」が飾られ、来館者を迎えます。「蔵前陵苑」からほど近いところにある合金会社の職人が、錫(すず)を鋳造して成形しました。菱形がつらなったデザインは、光やエネルギーの流れを表現しており、ロゴマークはここから形を抽出してデザインされました。表面の微細な凹凸がライティングによって浮かび上がり、見る位置によって表情が変化するように工夫されています。
▲ 「無量光」 デザイン:小沼訓子(株式会社組む)、制作:田邊豊博(株式会社田代合金所)
自然素材を多用したインテリア
墓参室は3階と6階です。墓参の流れにそってご紹介します。
▲ 3階エレベーター前からの眺め。左側は法要室「月光堂」、右側が墓参室「慈光・浄光」 ©ASANOTakeshi
3階は白を基調としたデザインです。さえざえとした「月の光」をイメージしたライティングで、にごりのない純粋さ、崇高さを空間全体で表現しています。大谷石に高級材の檜(ひのき)をとりあわせ、あたたかみを与えました。
▲ 3階墓参室「慈光」側のブース(手前から「一」、最奧が「五」の順に並ぶ) ©ASANOTakeshi
最新の墓参システム
墓参室は「浄光」と「慈光」のブースがそれぞれ五つ、石貼りの参道を囲むようにしたコの字型の配置で、木の格子でゆるやかに仕切られています。受付時に指定された番号のブースに入り、故人のお骨がおさめられた厨子が搬送されてくるのを待ちます。
▲ お骨がおさめられた厨子がブースに到着すると、なぐり仕上げの扉が開き、タッチ式の液晶パネルに故人の写真が映し出される。御影石の墓石は、宙に浮かんで見えるようにデザインされた ©ASANOTakeshi
故人を偲ぶこちらの空間に、中川ケミカルのカッティングシートが使われています。本物の金属素材を使った箔シートを、墓石のまわりの壁と天井に貼り、あたかも後光に包まれているような設えとなっています。ライティングによって淡い光を帯びて、崇高な空間となりました。
▲ 四角い「窓」を設けた新しいデザインの墓石(墓石の中央に厨子が現われる)
▲ 6階の墓参室も、墓石のまわりに錫箔シートを貼って仕上げた
▲ 「蔵前陵苑」6階墓参室、大理石の参道を挟んで、左側が「日光」、右側が「天光」のブース ©ASANOTakeshi
「太陽の光の庭」をイメージした6階
6階の墓参室は「太陽の光の庭」をイメージした空間デザインです。ブースの配置は3階と同じですが、チャコールゴレーの大理石にウォールナットを配しました。仕上げにあわせてライティングも3階とは変えています。
▲ 6階「天光」のブース。 ©ASANOTakeshi
▲ プレートの文字も箔シートによる仕上げ(デザイン:中川ケミカル)
再建にかける想い
現代的な参拝システムを取り入れ、モダンなインテリアでやすらぎの空間を演出した「蔵前陵苑」。寺の再建にあたり、満照山 眞敬寺の第17世住職を務める釋朋宣(しゃく ほうせん)さんには、ある想いがありました。
▲ 満照山 眞敬寺 第17世住職 釋朋宣(しゃくほうせん)さん
「10年ほど前から『明るい遺影撮影会』を開催しています。いつかは訪れる死を忌み嫌って遠ざけるのではなく、人々が自然なかたちで命と向きあえる空間を、現代を生きる寺社は用意すべきだと常々考えてきました。今回の再建では、建物を堅牢にするだけでなく、地域に対して開かれた、人々のやすらぎの場となるような空間にしたかった。それには、旧態依然な意匠ではなく、現代的な感覚による空間がふさわしい。そこで、店の雰囲気と品揃えが気に入って、何度か通っていたセレクトショップ[組む 東京]のオーナーに相談して、全体のクリエイティブ・ディレクションをお任せしました」(釋朋宣住職談)
▲ [組む 東京](東京都千代田区東神田1-13-16)
想いをかたちに
ご住職が散策の途中でたまたま巡りあった[組む 東京]は、倉庫だった小さなビルをリノベーションして、2015年4月にオープンしたギャラリー兼セレクトショップです。オーナーの小沼訓子さんは、実父が創業した中川ケミカルに、CSデザインのあらゆるプロセスをサポートするCS デザインセンターを2007年に立ち上げ、ディレクターを務めていました。空間演出やブランディングの仕事を数多く手がけていましたが、宗教施設からのオファー、しかも全館でという規模は初めてでした。
▲ [組む 東京]オーナーの小沼訓子さん(株式会社組む 代表取締役)
「オープン間もない[組む 東京]のコンセプト、国内外のものづくりや手工業の交流拠点となる場を提供したいという私たち「組む」の志に、ご住職が共感してくださったのが素直に嬉しかった。アートや建築への意識が高く、『東京随一と言われるくらいの寺づくりに挑戦したい』という熱意をお持ちのご住職に、空間づくりのベクトルが同じ方向を向いた人間だと見込まれたことも、意気に感じました。繰り返し口にされた『光と出遇う』という考えも、なんて素敵なんだろうかと。このアイデアを体現できる空間づくりをお手伝いしたいと思いました」
光をデザインする
「蔵前陵苑」のクリエィティブディレクターに就任した小沼氏は、全館の家具デザインや設えに加えて、全館のサイン計画と、フロアの半分(地下の永代供養室「白光堂」、3階と6階の墓参フロア、5階の客殿、トイレ)の空間デザイン を担当することに。旧知のデザイナーや造形作家に声をかけ、チームを結成しました。
▲ 「蔵前陵苑」3階 法要室「月光堂」 月の弧をイメージした壁に、柔らかな光が落ち、フロアに満ちる(左官制作:横山和弘 [越後屋左官]) ©ASANOTakeshi
>▲ 「蔵前陵苑」5階 客殿 空間にあわせてタモ材で特注したテーブルとチェア(制作:飛騨産業株式会社、デザイン:株式会社松本直也デザイン、ディレクション:株式会社組む) ©ASANOTakeshi
▲ 6階 天空ラウンジ。海や山などの自然な風景に光が満ちる姿をイメージしてデザインされた、訪れた人が思い思いに居場所が見つけ出せる空間(空間デザイン:株式会社松本直也デザイン、ディレクション:株式会社組む) ©ASANOTakeshi
▲ 天空ラウンジから、西に東京スカイツリーを望む ©ASANOTakeshi
▲ 6階フロア エレベーター前の設え。天地を繋ぐ光のエネルギーの柱を象徴的に表現(木のレリーフ制作:小沼智靖、花いけ:平間磨理夫) ©ASANOTakeshi
宗教空間を手がけることは、実は小沼さんの念願でもありました。
「私は十代の頃から寺社仏閣巡りが大好きで、祈るという行為や、その空間に興味がありました。それに、私が業として関わってきた空間は、商業施設やイベントなど、短いスパンでデザインが変わるものが多く、それはそれで一期一会の面白さがあるのですが、寺社はそうではない。永続性が求められる空間づくりに携わることができたのは、まさに天の巡り合わせ、という思いで引き受けました」(小沼氏談)
▲ 4階 法要室(内装設計:佐藤正己 [エア・ハイツ建築設計事務所] © Armando Rafael Photography | All Rights Reserved.
▲ 4階 法要室(内装設計:佐藤正己 [エア・ハイツ建築設計事務所]
▲ 2階 本堂(内装設計:佐藤正己 [エア・ハイツ建築設計事務所] © Armando Rafael Photography | All Rights Reserved.
「再建計画の立ち上げから携わってこられたのは、建築家の佐藤正己さんと、開苑後に販売を担当する株式会社武蔵野御陵さんです。途中から参画した私たちのチームのデザイナーや作家たち、それぞれ得意分野が異なるプロフェッショナルの力をまとめ、ひとつの方向に向かわせるのが私の役目でした。構築したデザインのコンセプトを明確に空間に昇華してくれたのは、空間デザイナーの松本直也氏を中心とするチームの皆さんです。
なかでも、光と出遇うというコンセプトを具現化する照明計画は重要で、箔シートも、左官の白い壁も、光のあてかたひとつで表情が変わります。厳しい工期の終盤で、照明デザイナーの山下裕子さんが丁寧に光をつくり、住職の想いを私たちの前に浮かび上がらせてくれました」(小沼氏談)
▲ 「蔵前陵苑」地下1階 永代供養堂「白光堂」(サイン計画:中川ケミカル) ©ASANOTakeshi
▲ ガラスの名板(みょうばん)に御法名が刻まれる永代供養堂「白光堂」 (左官:横山和弘[越後屋左官]、照明計画:山下裕子[有限会社Y2ライティングデザイン]) ©ASANOTakeshi
▲ 天と地のエネルギーを結びつける光を表現した外観デザイン ©ASANOTakeshi
人と人とのつながりから再生された寺
蔵前陵苑のプロジェクトは足掛け2年におよびました。2017年10月に披露会が行われ、立場もそれぞれ異なる関係者が立ち会い、オープンを祝いました。2018年5月6日には眞敬寺の落慶法要が執り行われています。
寺の再建というひとつの目標に向かって結ばれた縁(えにし)から、人と人がつながり、誕生した「蔵前陵苑」。今年5月には落慶法要を迎え、ますます活気のある寺を目指し、歩み始めます。
【公式HP】 蔵前陵苑丨納骨堂
https://kuramae-ryoen.jp/
満照山 眞敬寺 蔵前陵苑
http://shinkyouji.tokyo/
「蔵前陵苑」開苑を伝えるプレスリリース(2017.10.11 株式会社武蔵野御廟発表)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000028806.html
【掲載情報!】
商店建築 5月号(2018年)に眞敬寺を掲載していただきました。
「特集 供養と祈りの空間デザイン」
P.157 – P.164